エリカ38
樹木希林さんの企画映画、ようやくレンタル解禁になったので、さっそく観ました!

2017年にタイで拘束され、つなぎ融資詐欺で何億円も集めた山辺節子受刑者の事件をモチーフにした映画です。

逮捕された際、60歳以上のおばさんであるのに38歳と偽って、ショートパンツにオフショルダー、聖子ちゃんカットといういで立ちが衝撃的で、一体どんな人なんだろう??と私も強い興味を持ったのを覚えています。映画では実際の事件と筋は変えてありますが、その事件の中に流れていた人間の強欲が、作品のテーマなんじゃないかと思います。

この映画のキャッチコピーは「女の本性とは?」となっていますね。欲望の深みにはまっていく一人の女の過程が生々しく描かれています。

ざっとストーリーです。
水商売をしながら、副業でネットワークビジネスをしていた渡部聡子(浅田美代子)は、ある日喫茶店で、品のいい年配の伊藤(木内みどり)という女に声をかけられる。伊藤の紹介で、国際支援という形で資金を集めている平澤(平岳大)という男と出会う。カリスマ的な平澤に惹かれ関係を持った聡子は、彼の資金集めに協力する。しかし、それは詐欺であり、平澤が何人もの女性と関係を持っていたことを知った聡子は、平澤を裏切り金を持ち逃げる。平澤と別れた聡子は、金持ちの男性を丸め込んで豪邸を手に入れ、自身の魅力を最大限生かして人々から金を巻き上げる。騙し取った金で豪遊し「私はエリカ。38歳。」と偽り、タイで若い男性と知り合い恋に落ちるが・・・。

映画の冒頭は聡子が逮捕される場面から始まり、この事件の真相を追うルポライター(窪塚俊介)が、事件の関係者にインタビューをしていくというドキュメンタリー・タッチで物語が進んでいきます。

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映画のエンドロールには「実際の被害者の声」というのが入っているのですが、そこに事件の本質を突くようなことが語られています。
「エリカは悪いけど、エリカも当初は平澤の被害者だった。でも途中から私腹を肥やした。私達自身も儲けたい、潤いたいという欲があった。お金に捕らわれた結果がこれだけど、誰も自分が悪いとみとめない。」

平澤がいくらカリスマ的なオーラを放っていても、こんな胡散臭い国際支援の話に騙されるような人いるのかなー・・・と映画を観て感じる人は多いのだと思いますが、実際の被害者の人の言葉を聞くと、欲望で心に隙間ができると、するするとこんな悪魔の囁きが入ってきてしまうものなのかもしれませんね

欲望というのは、誰の心の中にもあるものですよね。
大概の人は欲望に捕らわれつつも、上手く消化しながら生きているのだと思います。
聡子はそういったことが上手くできない人間で、欲望の深みにはまってしまうんですね。その前提として、聡子の生い立ちが物語の中で度々回想されるのですけど、父親は家では横暴、外では愛人を作って、母親はただただそれに耐えているという・・・。聡子は母とは真逆の、他人をコントロールする側、金を持つことでそれを実現していく生き方をするのですが、子供の頃に形成されたコンプレックスやトラウマとしっかり向き合っていかないと、やはり自分の渇きが何なのか、気づけないものなんだと思います。埋めても埋めても満たされない、そんな心は最後に破城してしまいます。

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この物語で末恐ろしいなと思った人物が二人います。
物語の初め方に登場する伊藤という年配の女性、それから物語の後半で登場するポルシェと名乗るタイ人の若者。
この二人は真逆な感じですが、自分の手を下さず、自分にとって都合の良い行動を他人に促すということをするんですね。
伊藤は計算づくで、ポルシェは無意識的に、という感じでしょうか。

伊藤は強欲な人間というのを見極める才があるようで、聡子と平澤を会わせたら、どのようなことが起こるのか最初から分かっている風です。だから自分はただ二人を紹介して、必要な情報を与え化学反応を起こさせて、とっとと姿を消します。絶対に捕まらない、人を遠くからコントロールするような、本当に怖い人物だと思いました。

ポルシェは、伊藤のような黒さは皆無で、むしろ無垢な感じがします。聡子に「永遠に君を愛する」なんていう文面の手紙を送るのも、嘘の気持ちというわけではないような気がします。こういうことをしらっと言いつつ、別に若い恋人がいるという・・・。はっきりとは語られませんが、ポルシェの表情からすると、聡子の居場所を警察にチクったのはこの若い彼女なんじゃないでしょうか。結局ポルシェは、大豪邸と大金を手に入れ、そこに若い恋人と住んでいるわけです。そして犯罪者であるから二度とタイに戻ってこれない聡子には、愛してるなどという甘言を与え、永遠の女神のようなレジェンドのポジションに収めてしまっているんですよね。いやー、質が悪いなー。

満たされない心には、こういう搾取するような人の行為が流れ込んでしまいがちなんでしょう。

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このタイ人の若者、「ポルシェ」と名乗っているところも面白いなと思いました。
聡子が日本で赤いポルシェに乗っていましたが、それと同じなんですよね。

詐欺が上手くいかなくなり、タイへ逃亡する直前、聡子はこの愛車を売って逃走資金にします。
車屋(小籔千豊)がやたらとおしゃべりで、車の査定中、黙っている聡子に一方的にこんな内容のことを言います。
「なんでこんないい車手放すんですか?色々事情がありますよね。ああ、分かった。もっといい車に乗り換えるんでしょ。出会いってありますからね。」

ここでは、車のポルシェからタイ人の若者のポルシェに乗り換える、ということを流れとして仄めかしているのかと思いますが、
同時に、物語の前半で伊藤の言った言葉を思い出します。
「お金は人間よりはるかに頼りになります。頼りにならないのは人間の心。」

聡子は、車のポルシェ(金)から恋人のポルシェ(人間)へ乗り換えたわけですが、人間の心はお金と同等には扱えないものですよね。
伊藤のいうように、人間の心は不確実な部分はあると思いますが、私はこの二つを同じ天秤にかけて量りえるものではないと思います。

でも聡子はこれを同じ天秤にかけているんですよ。それまで人の気持ちも金で買ってきた部分もあるわけで。お金にとりつかれ、自身の問題の本質に目を向けられないで、ポルシェに「I want to be with you forever」なんて言いますが、そんな願いがかなえられるわけがありません。

「女の本性とは?」というキャッチコピーに対して、60歳を超えても38歳と偽り、本当の愛を欲しがっている痛々しい聡子を見ていると、「女はいくつになっても女であるもの」ということが言えそうですが、私が思うのは、女である以前に、一人の人間であることを見失うと、虚しさから逃れられないような気がします。

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ちょびっとだけでしたが、聡子の母親役で樹木希林さんが出演しています。
台詞も少ししかないのですが、ものすごい存在感ですね。
改めて素晴らしい女優さんだったな、と思いました。

カテゴリー: Film