イギリスの天才数学者、アラン・チューリング。
IT分野で活躍した人に贈られるチューリング賞を知っているぐらいで、なんとなく漠然としたイメージしかなかったのですが、この映画を見て、すごい人だったんだなーと驚かされました。「人工知能(AI)の父」なんて呼ばれてますね。2021年に刷新される50ポンド札の肖像としても、採用されるみたいです。イギリスだとそういう国民的な人物なんですね。

映画は、第二次世界大戦中、ナチスの解読不可能と言われた暗号「エニグマ」に、アラン・チューリングとそのチームが挑むという話で、それ自体とてもワクワクするのですが、映画を見る前に、タイトルとなっている『イミテーションゲーム』の意味するところを分かっていた方が、言わんとするところを深く理解できるような気がします。

イミテーションゲーム(模倣ゲーム)とは、アラン・チューリングが考案したチューリング・テストのことで、機械が知的であるかを判定するためのテストです。機械が人間の振りをして人間と(文字ベースで)対話し、その人がその機械を人間であると思ってしまうようであれば、機械は思考できていると言える、というものです。

映画は、終戦後、1951年、警察署でのアラン・チューリングと刑事の対話から始まります。
「集中できるか。よし、注意を払って聞いていないと聞き逃してしまうぞ。大事なことを。・・・」
こうしてアランは戦時中のエニグマ解読の極秘任務について語りだします。映画を見ている私たちも、刑事と一緒にその回想を追っていくことに・・・ですが、映画の中盤まで行くと、実は、この二人の対話自体が、イミテーションゲームであることを知らされるのです。

アランは、刑事に、自分は機械であるか人間であるか、自分の話を聞いた上で、判定してくれ、とお願いしているのです。当然、アランはどう見ても人間なのですが、それでも判定しろと言っている、これはどういうことか?

そこで彼がどういう人物か、というのが重要になってくるのです。
天才的な数学者であるとともに、発達障害者で同性愛者であったアラン・チューリング。世間から見れば、何につけても超少数派です。この時代、発達障害に対する理解などほとんどなかっただろうし、同性愛に関しては、イギリスではわいせつ罪で罰せられていました。
いじめられっ子だった彼の学校時代の回想で、親友のクリストファーに暗号について教えてもらう場面の会話がとても興味深いです。

「(暗号文は)秘密じゃない。そこがすごいんだ。誰でも読むことができるけど、鍵がないと意味は分からない。」
「それって話すのとどう違うの?・・・みんなが口に出す言葉は、本当の意味とは違ってるよね。だけど、みんなちゃんと意味が分かる。僕は分からない。それと、どう違うんだろう。」

私も空気を読む、というのは苦手な方ですが、こういう暗黙の了解のもと社会で共有されている「鍵」を持たない人間にとって、世の中は暗号のようなものなのになりますよね。
エニグマ解読のチームの中でも、アランは一人協調性がなく、仲間と上手くコミュニケーションが取れません。途中からチームに参加した女性の数学者ジョーンが、そういったことの大切さをアランに教えます。仲間にりんごの差し入れをしたりするんですが、いわゆる気遣いですね、アランはそういったことの必要性もよく分からないけど、やってみることで、物事が円滑に進むようになることを知ります。つまり、人間らしさ、っていうことでしょうか。彼は人間らしい振りをすることをジョーンから学ぶのです。

人間らしいって、なんなんでしょうか?そういった鍵をいっぱい知っているっていうことなんでしょうか?それなら、鍵を持たない人間は人間らしくないってことなんでしょうか?思考する機械とは、こういう鍵をいっぱい持っているということでしょうか?
エニグマ解読のミッションという大きな挑戦と共に、こういった問いかけが、この映画全体に流れています。
そして、その鍵も、時代によって、社会によって、移り変わっていくことも、私たちは知っているわけです。

アランが、エニグマ解読のために作った機械、それから戦後、自宅で作成していた機械、そのどちらにも昔の学友の名前クリストファーと名付けていましたが、クリストファーに何を願っていたのでしょう?
これは私が思うことですが、彼は自分の中にない鍵を与えてくれる存在が欲しかったのだと思います。エニグマは解けたけど、一般的な人間の中にある鍵は、彼の中には無いまま。機械が人間らしく振る舞えるのなら、そういったアルゴリズムをみつけられれば、人間の中の鍵は解明されたようなもの。きっと彼も鍵を手に入れられると。
特殊であることは孤独ですね。たとえ社会を大きく変えるような天才的な存在であっても・・・。

アラン・チューリングは41歳の時に自殺してしまいます。
余談ですが、亡くなった時に、彼の近くにかじりかけのリンゴが落ちていていたそうです。スティーブ・ジョブズは、アラン・チューリングに敬意を表して、アップル社のロゴを欠けたリンゴにしたとか、しないとか・・・。本当のところ、どうなんでしょうね。

彼の死から60年以上が過ぎ、人工知能が実用化され、益々進化している現在、初めにそれを考案したアラン・チューリングが、どんな思いでいたのか、それを知ることはとても興味深いことだと思いました。

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